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お母さんとお出掛けをした。
嬉しくてたくさんはしゃいで。
バスに乗ったら眠くなって。
寝て、起きたら、桔梗が揺れる知らない土地に…この村にいた。
眠いはずなのに、逆に呼び覚まされた古い記憶がぐるぐると脳内を駆け巡る。
耳に向かって熱い涙が流れていった。
「いらない子、だから?」
「波瑠」
「もっと、いい子に、なるから、だから」
「波瑠」
私の目を、暖かい何かが覆う。
それが夏生の掌だと気付くのには時間がかかった。
「お前はもうここになくてはならない存在だ」
「……」
「…例えあいつと兄妹だったとしても、俺が、お前をどこにもやらない」
「……」
夏生の低い声と体温が心地良い。
温かいお絞りを乗せているみたい。
涙が引っ込んで、身体にじわじわと染み込んでいった。
「安心して寝ろよ。きっと、良い夢を見る」
夏生の言葉は催眠術のようだ。
とろりとろりと、脳が溶けていく。
気怠い腕を動かして私の目を覆う夏生の手に触れてみた。
反対側の手が私のその手を握り、指を絡め取る。
繋いだその手が柔らかな闇へと誘ってくれているようで――
私は意識を手放した。
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