蒼穹、高く

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  航一さんだ…。 胸の高鳴りを抑えながら話に耳を傾ける。 「何があったのかは知らんが、結局美那子さんはその子供を引き取らずに別の男と……その、その時の男が波瑠の父親かどうかは定かではないが」 言葉を選びながら伝えてくれる直純さんに感謝しながら、航一さんの事を想う。 自分の産んだその子供がそれからどんな人生を強要されたのか、お母さんは知りもしないんだろう。 沸々と怒りが込み上げてきた。 「少しして…いや、何年後だったか。波瑠がこの村に来た。…懐かしいな。当時、加江さんが嬉しそうに波瑠のことを語ってくれたのを覚えている」 「え…」 「ああ、その頃だな。加江さんが私の世話役をしてくれていたのは」 直純さんが目を細めて天井を見上げた。 その目には、確かにおばあちゃんが映っているんだろう。 「こんな山奥なのに、瑠璃色の波と書いて波瑠と読むのだと…そう笑っていたな」 「……瑠璃色の、波…」 「美那子さんは海が好きなんだろう。この名が美那子さんから波瑠への贈り物である事に間違いは無い」 脳裏をかすめた予感にハッと息を呑む。 本名ではないといっていたけど、もしかしたらあの人はあの字をお母さんから貰っていたのかもしれない。 『航』――、あの漢字は海に関するものだから。 確証はないけど、そうであって欲しいと願った。  
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