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「…波瑠は、美那子さんの事を覚えているか?」
「…昨日、ほんの少し思い出しました。でもびっくりした。まさか生きて――」
「加江さんを恨まないでやってくれ。加江さんが美那子さんの事を波瑠に教えなかったのには理由がある」
直純さんが私の言葉を遮るように弁解し始める。
「勘当状態だった事もあるが、波瑠が美那子さんの存在を拒絶したことで加江さんはそうすると決めた」
「えっ…」
私がお母さんを拒絶…?
そう言われて記憶を辿ってみるけど、そんな覚えは微塵も無い。
ただ、お母さんの気を引こうと一生懸命になっていたような気はするけど。
「波瑠はここに来てすぐから、母親など最初からいないものとして振る舞っていたそうだ」
「…いないものとして?」
眉間に力を入れていると、直純さんが私のカップに紅茶を注いでくれた。
「…美那子さんを記憶から閉め出すことで、幼いながらに自分の心を守っていたんだろうな。賢い子だ。…良く頑張った」
「……」
茶葉の香りが立ち上る。
湯気の向こうで直純さんが優しく笑いながらそう言ってくれるから、せっかく締まった涙腺がまた緩んできた。
…そうか、私、捨てられた過去を無かったことにしたかったんだ。
悲しい事なのに、不思議と肩の力が抜けていった。
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