蒼穹、高く

14/30
前へ
/1229ページ
次へ
  私がいなくなったリビングから小さな話し声が聞こえた。 声のトーンを低く落としているから、私に聞かせたくない話なのかもしれない。 予想通り、私が脱衣所のドアを開けたらその会話は途絶えた。 …会話より、二人のこの微妙な空気が気になる。 ぴりぴりとした不穏な雰囲気を感じるのは何故だろう。 夏生がここに来たことを怒っているんだろうか。 「夏生」 「……わかってるよ」 直純さんのこんな低い声は初めて聞いた。 夏生は若干不機嫌そうに目を逸らす。 それでこの二人の関係性が何となく見えた気がする。 直純さんは私以外の誰とも深く関わっていないと思っていたけど、夏生は縁側から勝手に上がり込めるような立場にあるんだろう。 足を止めてその様子を見ていると、直純さんは何事も無かったかのように私に笑顔を向ける。 いつもの直純さんに戻っていて安心した。 「…ここの事は良い。気が済むまで行脚とやらに行って来い」 「は、はい」 「それから、私はまだ月見を諦めてはいない」 「え?」 「…十六夜の月もなかなかだと思うが」 「……!はいっ!」 お月見リベンジ…! そのお誘いが私の背中を暖かく押してくれた。  
/1229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1543人が本棚に入れています
本棚に追加