1543人が本棚に入れています
本棚に追加
私がいなくなったリビングから小さな話し声が聞こえた。
声のトーンを低く落としているから、私に聞かせたくない話なのかもしれない。
予想通り、私が脱衣所のドアを開けたらその会話は途絶えた。
…会話より、二人のこの微妙な空気が気になる。
ぴりぴりとした不穏な雰囲気を感じるのは何故だろう。
夏生がここに来たことを怒っているんだろうか。
「夏生」
「……わかってるよ」
直純さんのこんな低い声は初めて聞いた。
夏生は若干不機嫌そうに目を逸らす。
それでこの二人の関係性が何となく見えた気がする。
直純さんは私以外の誰とも深く関わっていないと思っていたけど、夏生は縁側から勝手に上がり込めるような立場にあるんだろう。
足を止めてその様子を見ていると、直純さんは何事も無かったかのように私に笑顔を向ける。
いつもの直純さんに戻っていて安心した。
「…ここの事は良い。気が済むまで行脚とやらに行って来い」
「は、はい」
「それから、私はまだ月見を諦めてはいない」
「え?」
「…十六夜の月もなかなかだと思うが」
「……!はいっ!」
お月見リベンジ…!
そのお誘いが私の背中を暖かく押してくれた。
最初のコメントを投稿しよう!