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「なっちゃ…」
「お前がここを出て行くなんて許さない」
夏生が真っ直ぐに私を見た。
強い口調とは裏腹に、その瞳は不安げに揺れている。
「あいつがお前の兄貴だろうと想い人だろうと…俺は、」
夏生の拳が力強く握られる。
壁を思い切り殴った時に擦ったのか、その拳には僅かに血が滲んでいて痛々しい。
「なっちゃん、手…。血が出てる」
その傷ついた拳に触れようとすると、それを避けるように一歩足を引かれた。
「なっちゃん…」
「…お前はどこにもやらない」
「……」
それは夕べ朦朧としている時に聞いた言葉と同じだった。
…夢じゃなかった。
そう思うと微かに胸が高鳴る。
「恨んでいいよ。全部、俺のせいにしていい。だけど、絶対渡さない」
言葉だけ聞けば何とも高圧的で、狂愛のようにも聞こえる。
ただ、自信なさげに向けられる瞳が…今にも泣き出しそうに見えてしまう。
「…どこにも行かないよ」
夏生の肩がピクリと跳ねた。
「直接取引してるからとか関係ないよ。私はずっとここにいる。そう決めたの。…もう航一さんに着いて行こうだなんて思ったりしない」
「………」
「…なっちゃんと一緒に廓を支えていくよ」
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