1543人が本棚に入れています
本棚に追加
嫌な記憶を深層に追いやって蓋をするという術を、私は三歳で身につけた。
小三でケンちゃんにぶつけられた「捨てられた子」という言葉も然り。
…あの雨の日の夏生も然り。
あの時の私は中二だった。
丁度こんな季節だったのかもしれない。
突然のゲリラ豪雨に見舞われ、バス停の軒下に滑り込んだ。
雨に打たれた時間は短かったのに、全身はいとも簡単にずぶ濡れになった。
前髪から伝う雫を煩わしく思いながらハンカチで腕を拭いていると、バシャバシャとこちらに駆けてくる足音に気付いて顔を上げた。
私と同じようにバス停に飛び込んで来たのは、高二の夏生だった。
私は腕を拭く姿勢のまま。
夏生は飛び込んで来た態勢のまま。
三人くらいしか入れない狭いバス停で視線がぴたりと絡み、時間と心臓が止まったように感じた。
この頃、私は夏生に完全に無視をされていて、これほど近付く事も、視線を交わす事すらも許されなかった。
突然の出来事にお互い固まっていた。
それでも何か話さなければ、と唇を動かすも声が出そうに無い。
永遠にも感じる時間が終わりを告げたのは、見開かれていた夏生の目が私を拒絶するように細められた時。
そのまま不機嫌そうに目を逸らして言った。
「……最悪」
バケツをひっくり返したような雨の中、小さくなっていく足音に絶望を覚えた。
最初のコメントを投稿しよう!