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忍者のように足音を忍ばせながら廊下を進み、妙な中腰のままそっとリビングの扉を開けて中を覗く。
それに合わせてソファーに座っている藍色の着物が揺れた。
「波瑠」
「…冬馬くん」
冬馬くんがおかしそうに笑いながら私に手招きをする。
瞬時に部屋中に視線を滑らせ、足を踏み入れた。
「夏生なら絵を描きに行ったからいないって言ったのに」
「う、うん…」
私は夏生が出払った隙に冬馬くんに呼び出され、二人の部屋にやってきた。
いざ定位置に座ろうとして、ついさっきここで夏生と交わした視線を思い出し、顔に熱が溜まっていく。
「波瑠?」
「ななななんでもないよ」
記憶を振り払うようにソファーにドスンと座ると、冬馬くんが声を漏らして笑った。
「急に電話なんかして悪かったね。びっくりした?」
「うん…。冬馬くん、ケータイ持ってたんだね」
「一応ね。二年振りに充電器に挿したところだけど」
テーブルの上に置かれた黒の携帯は確かに一昔前のデザインだ。
ただ、もうその電源は落とされている。
「…もう使わないの?」
「電源入れておいたら困る事もあるからね」
…未だに冬馬くんを心配する人から連絡が来るんだろう。
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