残暑、去り難く

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  夏生が今朝使ったままのカップが置かれている流しの前で立ち止まる。 すり抜ける途中で話し掛けられ、私も反射的に止まった。 気付けば私達の距離は、三十センチも開いていなかった。 「……」 「……」 突然近付いた距離に空気が張り詰める。 近過ぎて、顔を上げられない。 「あ、洗うから、そこどいて」 「…あ、悪い」 「いや、いいのいいの、全然大丈夫」 夏生はその場所を空けてくれたけど、離れていく素振りを見せない。 赤い顔はバレていないだろうか。 スポンジでカップを擦っていると、私の手元を眺めていた夏生が口を開く。 「今朝は悪かったな」 「……。う、うん」 「壁殴って脅すとか、ガキみたいなことしたなってちょっと反省してた」 「あ……そっちか」 「え?」 「な、何でもない」 「……」 「………」 …気まずい。 水道の音と私の心臓の音だけがやたらと大きく響いて息がし辛い。 「あ、あの、手の怪我は?ちゃんと手当て――」 「波瑠」 目の前に夏生の腕が伸ばされ、身体がギクリと強張る。 石鹸の香りが私の胸をざわつかせた。 長い腕が私の肩を掠めた時、身体が発火したように熱くなり、息を呑んでギュッと目を閉じた。  
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