残暑、去り難く

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  沢山の羊雲に囲まれた十六日目の月は、前の晩に見たそれとはまるで別物に思える程きらきらと淡く輝いて見えた。 沢山の虫の声が裏庭を包む。 柔らかく降り注ぐ月光は、秋の実りを祝って舞い踊っているようにも思えた。 縁側に用意された秋の七草。 籠一杯の野菜と果物。 私と直純さんの間には、三方に乗せられた団子とお酒。 お酒は月を映して楽しむらしい。 杯に注がれたそれを舐めるように口にした直純さんは僅かに眉を寄せ、すぐ御供え物の団子に手を伸ばした。 やはり辛い物より甘い物の方が好きみたいだ。 「こうして夜にじっくり空を眺めるなんて、随分してこなかった気がします。夜の羊雲なんて初めて見たかも」 「このぐらい雲が出ていた方が風情がある。…寒くはないか」 「全然大丈夫です!」 直純さんは事ある毎に私の体調を気遣ってくれている。 私に過呼吸が出てしまった事にショックを隠せないようで、自分の事以上に酷く落ち込んでいた。 直純さんの身体の方が、ずっと大変だったのに。 …直純さんの発作の辛さを身をもって知ることが出来たから良かった、なんて言ったら流石に私も怒られそうだ。 「廓で何かあったか」 直純さんの言葉にギクリと身体が強張る。  
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