残暑、去り難く

26/32
前へ
/1229ページ
次へ
  あのあと夏生と別れてから。 いつも通りに接するという約束だったのに、仕事前に夏生達の部屋へ足が向かなかった。 今日はもう会っているから、行かなくても不自然ではないと思ったからだ。 …いや、そう思いたいだけの、ただのヘタレなのだ。 わらしの隣に座る夏生は、何事も無かったかのようにいつも通り涼しい顔で。 私ばかりが意味も無く畳の目を追っていた。 「波瑠…?」 「は、はいっ」 直純さんの声に我に返る。 いけない。ぼんやりしていた。 せっかくの直純さんとのお月見なのに。 「座敷童は何と言っていた」 「わらし?」 「奴は普段は何も考えていないが、珍事には強い興味を示す。昨晩のような事態は楽しくては仕方がなかった筈だ」 「……」 確かにあの時のわらしは、いつになく楽しそうだったように見える。 さっきだって、頭を下げた私に声を漏らして笑っていた。 夏生が気になって仕方なかったけど、よくよく考えたら今日のわらしもご機嫌だったと思う。 だって私に「酒を注げ」なんて言ったの、初めてだ。  
/1229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1543人が本棚に入れています
本棚に追加