残暑、去り難く

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  わらしは奉納物を下げさせると私を見た。 その口元には僅かな笑みが浮かんでいる。 「女」 「…波瑠だってば」 「貴様は面白い」 「え?」 思わぬ言葉に目を瞬く。 わらしは脇息に頬杖を着くと、目を細めて顎を上げた。 「味気無いことこの上ない世だが、昨晩は久しく楽しめた。変わった女だとは思っていたが、まさかここまで俺の住処を掻き乱してくれるとは」 「た、楽しめたって…」 「おい、わらし」 話を聞いていた夏生がわらしをたしなめるように呼ぶ。 わらしは面倒臭そうに夏生に視線をやった。 「そう案ずるな。何も今の世を壊そうとしているわけでは無い。初代との契約を破るつもりも無い」 「あっそ」 夏生は冷淡にそれだけ言い残すと座敷から出た。 女郎さんに声を掛けに行ったんだろう。 …夏生の気配が部屋から離れると強張っていた肩の力がゆるゆると抜けていった。 やっとまともに顔を上げてわらしを見ると、わらしもまじまじと私を見ていた。 夏生がいなくなって、気が抜けていたんだと思う。 「わらしはさ、ここを出たいと思わないの…?」 恐ろしい事を口にしていた。  
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