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「波瑠はもう帰れ」
「は、はい」
「女」
夏生の妙な迫力に気圧されて立ち上がったけど、わらしに呼び止められる。
巻き込まないで欲しい、と切に願ったのに。
そろそろと振り向くと、行灯に照らされた色気のある瞳が私を射抜いた。
「俺と話をしたくば着物で来い。話はそれからだ」
それは以前にも聞いたことのある言葉だった。
だけど、びっくりした。
今日のわらしには私と話をしてくれる意思があるみたいだから。
一体どんな風の吹き回しか、とわらしの顔をまじまじと見たけど相変わらず何も読めない。
「波瑠」
夏生の苛立った声が私の背筋をぴんと伸ばさせる。
そのまま慌ててわらしに背を向けた。
お月見に行く私を廓の扉の前まで見送ってくれた菖蒲さんがたおやかな仕草で私にメモを手渡し、丁寧に頭を下げて座敷に戻っていった。
『ヤバいウケる。またゆっくり話聞かせてもらうからね~』
メモに綴られた今時の可愛らしい字を眺めながら、何かが変わっていく気配に赤い鳥居を振り仰いだ。
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