残暑、去り難く

31/32
前へ
/1229ページ
次へ
  「ねぇ、直純さん」 お団子に手を伸ばそうとしていた直純さんが私を見た。 …白い髭に餡子がついている。 可愛いから指摘しないけど。 「何だ」 「お酒って、美味しいんですか?」 「旨くない」 「…わらしもあまり美味しそうに飲まないんです」 「だろうな」 直純さんは全て悟っているような顔で湯飲みに口をつけた。 上品に上下する喉仏を見ながらわらしの事をぼんやりと考える。 「…なんで好きでもないものを毎日飲むんだろう…」 「読書も酒も女遊びも、以前、座敷童が誰かに聞いた暇潰しの方法だそうだ」 「誰かにって…『鳳来』に来る前ですか?」 「ああ」 …誰だ、わらしに女遊びなんて教えた奴は…! おかげで冬馬くんが… …でも、わらしが人との関わりを持っていた時代。 わらしの目には、何が映っていたんだろう。 自分の肌で季節の風を感じていたんだろうか。 「…飲んでみるか?」 杯をじっと見ていた私に気付いた直純さんが、私の手に杯を乗せてお酒を注いでくれた。 「え…良いんですか?」 「ここに法は無い。だが、一杯だけだ」 「はいっ」 生まれて初めて口にするお酒には、十六夜の月の明かりが優しく煌めいていた。  
/1229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1543人が本棚に入れています
本棚に追加