色は匂へど散りぬるを

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  「…そろそろ帰れと、世話が怒鳴りに来るぞ」 膳を変えたばかりなのに、わらしはススキを揺らしながら私の背後に目をやる。 「なっちゃんはギリギリまで来ないよ。私を避けるヘタレだもん」 「誰がヘタレだこの野郎」 「……」 突然の夏生の声に息を呑んだ後、まずわらしを睨んだ。 バカわらし。 後ろにいるならそう教えてくれればいいのに。 「終わったらさっさと帰れって何度言わせるんだよ。いつまでもここでダラダラしてんなよ」 シッシッと。 犬を追い払うような仕草に、流石に私もカチンとくる。 ゆっくりと腰を上げてわらしの所へ向かおうとする夏生の前に立ちはだかった。 「なっちゃん。好きだよ」 「あっそ。俺も好きだよ」 「……」 …このやり取りは、すれ違う度にしている。 台詞は棒読みでやっつけで、雰囲気も最悪だ。 「お疲れさん」 夏生が私の横をすり抜けると、胸にじわりと怒りが広がる。 世の中にはこんな悲しい告白もあるらしい。 その日は掃除を終えると、夏生の寝室のドアに『バカ』と書いた紙を強力な両面テープを使ってべったりと貼り付けてやった。 絶対取れないように丹念に力を込めて擦ったら、少しは気持ちが落ち着いていく気がした。  
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