色は匂へど散りぬるを

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  「馬鹿じゃないの…?」 絞り出した声は余りにも冷えていて、自分の声じゃないような気さえした。 夏生の目が見開かれる。 顔を背け、身体を起こしかけた時、突然両腕を取られた。 驚いて、再び目が合う。 「……」 「……」 「……なんでそんな顔してんだよ…」 …私はどんな顔をしているんだろう。 泣いてはいないと思う。 ただ、胸だけが鷲掴みされたように痛い。 「波瑠…?」 「……」 「…え、…お前…」 夏生は信じられないものを目の当たりにしたような顔で私を見た。 夏生こそ、なんでそんな顔をしているのかはわからない。 ただ、私を見る目に熱が灯り、腕を握る手に力が入って―― もう、限界だった。 「いっ……!!」 ゴッ!、と鈍い音がリビングに響く。 重力をも味方にした私の渾身の頭突きに、夏生が呻き声を上げながら手の力を緩めた。 それを機に夏生の上から飛び降り、部屋から駆け出す。 二回目の頭突き。 おでこが痛い。 たんこぶ出来たかも。 でも、心はもっと痛い。 夏生の馬鹿。 もう嫌だ。 こんな思いはもう沢山。 夏生が追ってきたかどうかはわからないけど、私は難無く廓を出る事が出来た。 冷えた従業員通路の空気が肺に入ると心がキンと冷えた。  
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