色は匂へど散りぬるを

20/34
前へ
/1229ページ
次へ
  「箒」 「ほうき!懐かしい!でも作り方が違うんだね」 「梯子」 「あっ、四段梯子!それから片方摘むと東京タワーになるんだよ。違う違う、こう」 わらしの手の中で赤い糸が形を変える。 そこら辺にあったただの頼りない糸だけど、毛糸なんかよりずっと綺麗に見える。 わらしはこれを「いととり」と言った。 「草鞋」 「おおっ…!それっぽい!」 「大名駕籠」 「それはよくわかんない」 「出雲大社」 「ええっ!?な、何それ!どうやったの!?凄過ぎる…!」 生き物のように次々と姿を変える糸に釘付けになる。 糸一本でこんなに盛り上がるとは。 というより、わらしが凄い。 いや、テレビやゲーム機を持たなかった時代の人なら結構出来るのかも。 でも、百年以上も前のことを覚えているのが何より凄い。 人の名前は覚えないくせに。 「五重塔」 「クォリティー高っ!昔の人って凄いんだね」 膳をずらし、膝を突き合わせてわらしの掌を覗き込む。 楽しかった。 最近のわらしはその名の通り子供にしか見えない。 喋り方が直純さんと似ているせいか、一緒にいるととても和んだ。 糸を見つめる伏し目の長い睫を盗み見て、いつかわらしを笑わせてあげたいと思った。 …たぶん、楽しかったのはこの日までだったんだろう。  
/1229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1543人が本棚に入れています
本棚に追加