色は匂へど散りぬるを

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  「…!」 待って、 待って待って待って…! 夏生…!! 声にならない悲鳴を上げた瞬間―― ヒュッと、私とわらしの間を風が吹き抜けた。 小さな動物が私達の間をすり抜けていったのかと思った。 直後に響く、膳がひっくり返るような大きな音に肩が跳ねる。 横を向いた視線の先では畳の上を杯や小鉢が乱暴に滑り、奥の襖にぶつかって割れた。 不思議な事に、それに誘因されるように身体が軽くなる。 圧迫感のあった部屋の空気も、魔法のように消えた。 動くようになった首をぎこちなくわらしに向けて、その異様な光景に驚く。 わらしは片腕を大きく振り上げていた。 …わらしが膳を投げ飛ばしたんだ。 ただ当の本人は目を見開き、振り上がった自分の手を驚いたように見つめている。 まるで、自分がそうした事に驚いているようだった。 「…わ、わらし?」 「……」 恐る恐る呼んでも、わらしは私に目を落とすことはない。 今のうちに、とわらしの下から這い出ようと腕に力を入れた時、今度はけたたましい音を立てて襖が内側に倒れ込んできた。 「開いた…!波瑠っ!」 「…!なっちゃん…!ここ…!」  
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