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『大丈夫?ごめん、側にいてあげられなかった』
いつも綺麗な菊さんの字が乱れている。
私を見る瞳が痛々しげに揺れていて、自分を責めていることが窺えた。
「…大丈夫です、あの…御心配おかけしました…」
大丈夫、とは言ってみたけど。
…あまり深く考えたくはないけど…やっぱり私、わらしにキスされてしまったんだ。
唇に生々しい感覚が蘇って身体が小さく震える。
堪えていたつもりだけど、私の目を覗き込んでいた菊さんにはバレてしまったようだ。
慰めるように髪を撫でられ、気付かない振りをしていた胸の痛みが自己主張を始めた。
ゴン、と音をさせてテーブルに突っ伏す。
涙と鼻水がじわじわと出てくるけど、顔は上げられなかった。
『喋れないのってもどかしい』
差し込まれたメモ用紙の文字が暖かい。
菊さんは私が落ち着くまで、子供をあやすように背中をトントンしてくれた。
涙が乾く頃にはヒリヒリと目が痛む。
でも菊さんのお陰で気持ちは確実に回復していた。
一人でいなくて良かったと、心から感謝した。
『起こってしまった事は仕方がない』
「…はい」
『今日の事は犬にでも噛まれたと思って諦めなさい』
「犬って」
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