色は匂へど散りぬるを

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  目を見張る私をよそに、「だから」と続ける。 「俺の傍にいろよ」 「……」 「俺の知らないところで波瑠が傷付くだなんて、もう我慢出来ないから」 いつもとは違う甘い声と真剣な瞳に、身体の芯がじわりと痺れる。 強引な言葉は私の心をぐらぐらと揺さぶった。 「俺のこと、好き?」 不安を滲ませたような声でそう聞くくせに、夏生の目は自信に満ち溢れるように私を射抜く。 なによ。 あれだけ言っても信じなかったくせに、調子良すぎ。 「…なっちゃんは、ずるい」 「うん。わかってやってるから」 「ずるい」 「ごめん」 「…私だって、本気で嫌いになろうとしてるんだから。い、今現在進行形の話だからね」 「うん」 「……でも、そんなの、簡単に出来るわけ」 「知ってるよ」 「…!」 目頭が堪らなく熱くなって目を伏せようとした瞬間、大きな温もりに包まれた。 「お前にはそんな器用なこと出来ないってわかってる」 驚いて見開く目に映ったのは夏生の首筋で。 身体に回された腕に力を込められた時、吐き出される息と共に甘い切なさがこみ上げてきた。 …ああ。 ずるい。  
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