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夏生の話によると、廓の様子にただならぬものを感じ、座敷に向かったはいいけどやはり襖が石のようにピクリとも動かなかったらしい。
私の記憶も曖昧で、あの時何が起こったのか思い出せない。
…ただ、わらしが何かを言って、私がそれを聞き返したような気がする。
次に気付いた時、あの状況になっていた。
後は冬馬くんが起きてから聞くしかない。
無意識にわらしに噛まれた部分を触っていたらしく、夏生が怒ったような顔をしながら私の首筋をTシャツの袖でごしごしと擦った。
ちょっと痛い。
でも、夏生の目には明らかな嫉妬が見えて、それが不謹慎にも嬉しかったりした。
どんな心境の変化かと聞くと、心境の変化なんてないと夏生は言った。
「俺だって日々頑張ってるんだし、ご褒美があったっていいだろ」
そう言いながら私の額に唇を押し当てた。
触れた熱と柔らかさから、幸せがじんわりと身体中に広がっていった。
日常が色付く、とはよく言ったもので、何もかもが輝いて見えた。
何をしていても夏生の事を考えるだけで指先が震え、顔に熱が溜まっていく。
信じられない。
なっちゃんと本当に恋人同士になっちゃったんだ。
…私が浮き足立ったのは僅か一日で。
残酷な現実は私をいつまでも夢の世界にいさせてはくれなかった。
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