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「…ちょっと女郎さんとこ、行ってくる」
「…ああ、そうだな。一応、奉納物の準備頼む」
「準備は頼んでくるよ。すぐ戻る。私もここにいるから」
「……」
夏生は一度眉を顰めたけど何も言わなかった。
だけどその目に安堵の色が見えた気がして、一緒にいてあげたいと強く思った。
不安を溶かし合うように、ずっと手を繋いでいた。
――そうして時間は十八時を迎えようとする。
廊下の提灯にぽつぽつと灯りが入り始め、真っ暗だった廊下がぼんやりと赤く照らされる。
座敷の柱時計もその存在を主張するように妖しく浮き出て見えた。
ついにその分針が、カチリ、と真上を向く。
同時に地を這うような重々しい鐘の音が座敷を震わせた。
「…来る」
夏生が呟いて、私の手を強く握る。
ちょっと怖い。
…堅く閉ざされた冬馬くんの目は開かれるのだろうか。
そういえば、冬馬くんとわらしが成り代わる瞬間を初めて見る。
「……!」
六つ目の鐘の音が鳴り響いた時、突然私の肌が総毛立った。
ぞわぞわとした言い知れないモノが身体中に絡み付くような感覚。
ねっとりと重苦しい空気が私の喉を圧迫していく。
堪らず夏生の腕にしがみつくと、その腕も強張っているように感じた。
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