一日目③友達

3/13
前へ
/100ページ
次へ
「――なあ、大庭(おおば)さんよ」 ふいに、隣から声がする。何事かと振り向くと、ゆうこさんがぼくの手にある原稿用紙を覗き込んでいた。 すぐにはっとなる。 「なんだい、身代(みのしろ)さん」 ゆうこさんにも見えるように、少し薄汚れた紙の束を前に出しながら、ぼくはできるだけひょうきんな口調で答える。 大庭さんというのは、ぼくが書いている小説の主人公で、17歳の高校生。自分の気持ちを偽り、道化を演じる続ける青年だ。 身代は彼の唯一の友達である、病弱の女の子。同い年。 自傷癖のある大庭が通う病院で、二人はたまたま出会って親交を深めるのだけれど――結末は、決まっている。 どれだけ足掻いたところで、身代の病気は治らない。 そう、決まってるんだ。 なのに、ぼくはその結末が未だに書けずにいた。 「大庭さん」 身代に扮したゆうこさんが、再びぼく(大庭)の名前を呼ぶ。 原稿用紙を覗き込む為に、肩を寄せ合う。すぐ傍にゆうこさんの顔があった。 「未来は――現実はそんなにつまらないかい?」 息遣いが、聞こえる。ぼくたちは廊下を歩く。 「愚問だね、身代さん。つまらないはずなんかないじゃないか。この世界は素晴らしい。戦う価値がある」 ぼくは言った。あまり演技っぽくはなかった。 「ヘミングウェイだね」 ゆうこさんが笑う。屈託ない笑顔。こちらもあまり演技臭くはないけれど、身代そのものだった。 「そう。彼は世界が大好きだったんだ。でも――一体何と戦ったんだろうね」 人の姿が見えず静まり返った廊下に、ぼくとゆうこさんの声だけが響き渡る。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4157人が本棚に入れています
本棚に追加