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折り畳み式のサイドテーブルの上に広げられた原稿用紙は、ものの見事に真っ白だった。
「う~ん」
ペンを置き唸ってみる。ベッドに身体を預けながら二三転。真っ白な壁が目に入る。純白の天井が視界を流れていく。白濁とした沈殿のような牢獄――それが、ぼくがこの部屋に対して抱いているイメージだ。
病院である。
病室という名の私室である。
この世界に産み落とされてから六年目、ぼくはここに閉じ込められた。
心臓がおかしいらしい。そのせいで、長くは生きられないと、医者は十二歳になったぼくにそう告げた。
どうやら現実を認識できる歳まで待っていてくれていたようだった。賢明な気遣いだと思う。
その時ぼくは、それまで時々見ていた母の――あの何とも言えない表情の理由が分かって妙に納得したものだった。
それだけ。
よく医者の宣告は残酷だなんて聞くけれど、それこそお門違いもいいところだろう。この世界にあるのは優しい嘘と冷たい現実だけなのに。嘘を吐くのは悪いことだと糾弾するくせに。彼らは医者に何を求めるというのだろうか。
「うーん」
もう一回転がってみる。危うく花瓶を倒しそうになってしまった。
花瓶は落ちたら割れる。ぼくは落ちても死なない(高さによるけど)けれど、生きているだけで死ねる。
「よっと」
身体を起こした。ベッドの横から伸びる机の上には、やっぱり真っ白な原稿用紙。そして、使い古されたシャープンペンシルが転がっている。
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