一日目①序章

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長くは生きられないと言われてから四年――十六年目の春。ぼくは小説を書いてみようと思い立った。 明らかに暇潰しの意図が強かったし、特に明確な理由があったわけではないのだけど、そう、なんとなく何かを書いてみたいと思ったのだ。 それはかの有名な夏目漱石のように。太宰治のように。ぱっと出てくるような小説家はそれくらいだけれど、とにかくぼくの生きた証みたいなのを書き遺したかったのかもしれない。 たぶん。 そして現在――同年夏。 もうラストのところまでいったところで、筆は一向に進んでいない。 「しっかし、なんで急に書けなくなったんだろうねえ。暑いからかな……なんて、クーラー効いてるからそんなわけないんだけど」 普段独りでいることの多いぼくの趣味は独り言。話し相手は医者と看護師と母、そして空気だ。エアーフレンド。 しかし。 「いやあ、暑いですねえ」 その時に限っては、ぼくに答える声があった。 振り向く。 ベッドの横、来客用の椅子。誰もいなかったはずのそこには、女の子が座っていた。
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