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エレベーターの分厚い扉がゆっくりと開く。
俯きながら進んだ真珠が顔を上げた時、その視界を遮ったのは打ち合わせの際に真珠を睨んでいた男だった。
二人きりの空間。
真珠は男に背を向け、黙って宙を眺めた。
「何なんだよ。」
先に言葉を発したのは男の方だった。
「何が。」
真珠は振り向かずに答えた。
「何がって、昨夜の事だよ!どうして何も言わずに突然帰ったんだ?電話もメールも無視するし。俺何か嫌な事したかよ?」
そう言って男は真珠のなだらかな肩を掴んだ。
真珠はその厚い手を見ながら言った。
「…別に。なんか、冷めただけ。」
男の手を振り払うと、振り返って男を見た。
「何だよそれ!?『結婚しよう』って言ったからか?」
男は今度は真珠の両肩を掴んだ。
「違うよ。別に…。きっと話しても理解出来ないよ。」
「なあ、いきなりだった事は謝るよ。でもさ、俺はずっと考えてたんだ。その場のノリで言った訳じゃない。なあ、ちゃんと考えてみてくれよ。」
今まで怒気に満ちた冷たい眼差しを送っていた男は、今度は熱気を帯びた表情で諭してくる。
この人は一体、私に何を求めているんだろう。私には理解出来ない。
「とにかくさ、今夜改めて話し合おう。食事でもしてさ。」
食事でもしてさ、その後はSEXしてさ、か。はっきり言えばいいのに。『やりたい』って。
先刻まで親の仇の様に私を睨んでいたくせに。
「今日は妹の見舞いに行かなくちゃいけないからダメ。」
重い扉が開くと同時に真珠はその空間から足早に逃げ出した。
「何だよ!二人の事よりそんな事の方が大事なのかよ!」
そんな事…!?
思わず歩みを止めた真珠だったが、思い直して再び歩き始めた。
やっぱりくだらない。怒って、優しいふりして、また怒って。
なんて単純なんだろう。
ムカつく生き物。
予定にはなかったけれど、今日は本当に美花の所へ行こう。
私を癒す為に。
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