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イマイチ、感覚が鈍い。
俺は今、何故、ここでこうしているのか。
わからない。朧気で。
そんな思考で廉嗣は食事を進めていた。
飲み慣れないワインを口にして、その向こう側に座る彼女の顔を見た。
「ん?何か顔についてます?」
廉嗣の視線に気付き、彼女はそう言った。
「もしかして私に見惚れてました?」
無邪気な笑顔の環希に思わず苦笑する。
「いや、別に。」
フフッと笑みをこぼし、彼女もワイングラスを口元へ運ぶ。一通り食事を終えると、彼女が切り出した。
「私、寺嶋さんの絵、好きなんです。」
廉嗣は煙草に火を点けながらそれに答える。
「ありがとう。でもたいした絵じゃないさ。才能もキャリアもちっぽけだしさ。」
彼女は両手でワイングラスを握り締めて言う。
「そんな事ないです。まあ、一介の美大生に言われても、かもしれないけど…とにかく私は好きです。」
熱心に語る環希の勢いにたじろぎながらも廉嗣は聞き返した。
「俺の絵のどこがいいの?」
「寺嶋さんの絵には、感情が溢れているわ。寺嶋さんの想いが伝わってくる様な気になる。私はいつもそれに引き込まれていくんです。」
まただ。環希の真っ直ぐな瞳。俺には眩しくて目が眩む。
「確かに厳しい事を言えば、寺嶋さんの技術やキャリアはまだまだ未熟なのかもしれない。でも、他の人にはない特別な何かを感じるんです。」
環希の言葉に曇りはない。
特別、か…。
今まで平凡過ぎる位平凡な人生を送って来た俺の何が特別なんだろう。
この子は何を言ってるんだろう。
「何も特別なものなんてないよ。平凡な、それこそ三流の人間さ。ただ少し、道からはみ出して生きているけど。」
冷たい笑みを浮かべ、廉嗣は静かに煙を吐いた。
「それ、寺嶋さんはそうやっていつも感情を押し殺している。寺嶋さんの描く絵には感情が溢れているのに、どうしてあなた自身は自分を殺そうとするの?」
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