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アルバムを引っ張り出して眺めてみた。
「ああ、この子か」
山積みの書物の中、コーヒーを飲みながら廉嗣はイメージを展開させる。
今日、街で見覚えのある女の子と出会った。
ショートヘアで、派手な顔の造型。背は高くないけれど、豊かな胸に釣り合わないしなやかな細い手足。
名前は覚えてなかったけれど、とりあえず挨拶は交わした。
廉嗣は25歳。
今だ才能は開花せず、未熟なイラストレーターの卵である。
何しろ、普通科の高校へ通い、特別、絵を勉強して来たわけでもない。絵の仕事を選んだのは三年前、22歳の時だ。
高校を出るとすぐ、普通の会社に勤め、普通に働き普通に恋愛をし、普通の生活を送っていた。
そんな普通の人間だった廉嗣に変化が訪れたのは、友人の死を経験した時だった。
その友人は中学以来の親友で、業界では一流の企業に入社。堅実な働きぶりで堅実な人生を歩んでいた。
彼の死を聞いたのは、PM10:25だった。
もう一人の友人の声が、電話の向こうで震えていた。
廉嗣は、意味の解らぬ笑いが込み上げて来て、電話の向こうの友人をよそに笑い続けた。
飲酒運転。時速80㎞で対向車に突っ込んだ親友は、ざくろの様に朱く散り弾けていたと言う。
あんまり可笑しくて、涙が溢れた。
事故の後すぐに、廉嗣は会社を辞めた。
それから一年、彼は流されて生きた。
本を読み、絵を描き、音楽を聴き漁った。
その当時付き合っていた彼女とも別れた。
とにかく廉嗣は自由になりたくて、流れて生きた。
そうして二年。
この二年。廉嗣は再び社会に戻っていた。
身を粉にして働き、元来の真面目な性格からも、その仕事ぶりを認められ、責任ある立場を任せてもらえる様にもなった。
「生きていく為」の仕事だった。
そんな環境は廉嗣に精神の崩壊をもたらせ、彼は、壊れた。
そして絵を描いた。
それは、死んだ親友を模した「ざくろの花」だった。
この絵が評価され、リハビリを兼ねて美術系の専門学校に通い始めた彼は、やはり何かを失くしたままで、卒業後、デザイン事務所にて二度目の社会復帰を果たした。
そして時が流れ、廉嗣は彼女と出会った。
「古川…真珠…」
その名前だけが、頭の中を駆け巡っていた。
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