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朝、お茶を淹れてくれる女の子がいる。
彼女はアルバイトで、本職は美大生。
今年三回生で、卒業後はこの事務所に来る事が内々の話で決まっているらしい。
今は、雑用等のアシスタント的業務ばかりだが、彼女にはもうひとつ大事な仕事があった。
「職場のアイドル」である。
美大生らしい豊かなセンスで毎日のコーディネートを彩り、長く艶やかな髪から覗く顔立ちは美人と呼ぶに相応しく、大きく見開いた瞳は特に印象的だった。
彼女の好む口紅は潤いベビーピンク。
細身の身体は思わず握り潰したくなるようなか弱さを感じさせた。
彼女はいつも朝の挨拶と共にコーヒーを差し出してくれる。
職業柄、個性の違う人間が集うこの事務所に於いて、彼女は全ての人間の好みを把握し尚且つよく気が付く。
ついでにカワイイとくれば、他の女性達も嫉妬を感じずには得ないだろう。
「寺嶋さん、おはようございます。」
「あ、環希ちゃん。おはよう。」
今朝も同じ様に、熱いコーヒーに爽やかな笑顔を添えて現れる。
「環希ちゃん、こっちにもお茶くれないか。」
呼ばれた声に反応して振り返る彼女。
艶やかな髪が廉嗣の側で軽やかに踊る。
「はぁい。じゃ、寺嶋さん、今日も頑張ってね。」
環希は廉嗣にとって恋愛の対象ではなかった。そもそも「環希ちゃん」と呼べる程親しい訳でもないのだが、皆がそう呼んでいたのでなんとなく自分もそう呼ぶ様になっただけだ。
確かに彼女がカワイイという事は素直に認めていた。男として惹かれるべき存在である事も。
だが、好みではないと、彼女への好意を拒否してはいた。
ただのアルバイト。
廉嗣は彼女をそう位置づけていた。
そんな彼女の淹れてくれたコーヒーに口をつけ、締め切りの近い原稿に取りかかった。
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