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それが先週のこと。今日は初めての休日練習だ。これまでの二回の放課後練習で、あたしは三年の先輩たちにひどく気に入られたようだ。昨日は応援団の主要メンバーの面々と、鉄板の上に立たされているような暑い日差しを避けて、練習の合間に校舎の影に座り込んで話していた。
「おっ、まーなんじゃん、早いね! 感心感心」
『真奈ちゃん』より『まーなん』の方が可愛いから、とかいう理由で、それまでずっと首位を守り続けてきた、千倉から取ったであろう『ちーちゃん』を脱落させ、昔みたいに『ちーちゃん』と呼んでくれる人は、ナギを含めた数人しかいなくなってしまった。
個人的にはこの『まーなん』という呼び方、どうもふざけている気がしてならない。
学校に着くなりあたしの耳に飛び込んできたのは、女団長で三年の、ちえ先輩の声だった。
胸あたりまで伸ばされた艶やかな黒髪。まぶたは一重で、オトナの雰囲気が全身に漂っている。加えて美人。たぶんこの人、真っ赤な顔で「ビール大ジョッキひとつ!」って頼んでも、白い泡溢れるジョッキが目の前に運ばれてくる。そういう人だ。
それだけオトナな先輩だから、あたしなんかは遠く及ばない。男子にはモテるし、頭脳明晰、それでいて運動も出来る……と、ホメ言葉を使えば使うほどあたしが惨めになってくる。ちえ先輩の取扱説明書を書くなら、『劣等感に注意』の文字が、大々的に裏表紙に躍るだろう。
現に、去年までは男子しかした事がなかった応援団長を買って出て、きっちりまとめている。
ちえ先輩、何でもっと頭良い学校に行かなかったんだろう。やっぱ先輩は違うなぁ、などと思いながら「おはようございます!」と返すと、あたしは駐輪場に自転車を運んだ。
休日だというのに、駐輪場は自転車で埋まっている。広くて肩幅ほどの隙間しかない。自転車の持ち主はおそらく、体育系の部活だろう。
入部届の提出期限はずっと先だから、まだ届は書いてすらいないし、どの部活に入るかも決めていない。
まぁ、団の先輩が入ってるところにでも入ろっかな。軽音もやってみたいけどギターもベースも弾けないし。しかし、停める幅狭いなぁ。春の昼下がりみたいに呑気な事を考えながら他人の自転車の間にぎこちなく愛車を滑り込ませると、がちゃん、と右後方から嫌な音が発生。
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