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「早速なんだけど、成村さんには今日藤宮製薬に行ってもらいたいんだ。この契約書に決裁のサインをしてもらうことになっててね。急ぎで役所関連に提出したいものだから今日中に片付けてもらえると助かる。アポイントは取ってあるから」
「…とか言って部長、藤宮専務が苦手なだけなんですよね~!イケメンで話も上手くて部長より断然年下だし…」
「おい!上司をコケにするな!」
ハハハと部内が笑いに包まれる。みんな信頼関係が築けていていい雰囲気の部署だ。こういう空気の部署なら自分も早めに溶け込めるかもしれないと里衣子は安心する。
「はい。分かりました。念のため藤宮専務の携帯にも連絡を入れて訪問しようと思います。この書類はお任せください」
「うん、頼んだよ」
部長からニッコリとした笑顔とともに書類を託され、里衣子は成村不動産のビルをあとにした。ここから藤宮製薬までは地下鉄で行けば20分くらいだろうか。電車を待っている間に晃志にメッセージを入れておき、心なしか足取りは軽くなる。
(晃志に会うの、久しぶりだな…)
里衣子と成村は結婚式を挙げていない。成村は里衣子を恋愛対象として見ていないし、里衣子の本当の気持ちも察してくれている。あくまでも心の拠り所として。二人はともに人生を歩む決断をした。世間的に見れば許されない感覚かもしれないが、上手くいっているので二人でそれで充分だと考えている。
しかし最近里衣子は思う。子供が生まれた今、果たしてそのままでいいのだろうか…?自分は胸を張って「隼人が好き」と子供に言えるだろうか?もちろん人間としても上司としても隼人が好きだし尊敬もしている。しかし心の底で思い続けている相手は…
「…バカバカし。今更何考えてんのよ」
バーーーーっと駅構内に地下鉄車両が入って来た。その雑音に里衣子の独り言はかき消される。消えてしまえばいい。こんな独り言もこんな気持ちも。
ギュッと目を瞑り緊張を解こうと試みるが上手くいかない。けれど緊張と同時に会える喜びが沸いてくるのを里衣子は抑えられずにいた。
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