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「…里衣子、久しぶりだな」
藤宮製薬の役員室に通された里衣子は、晃志と二人きりで来客机越しに向き合っていた。秘書の本庄がお茶を置いて部屋を去ってからはとにかく気まずくて、晃志に話し掛ける第一声を探っていたが、晃志の朗らかな声によって張り詰めた空気が一気に緩んだ。
「…うん。久し振り」
「ちゃんと食べてるか?お前は忙しくなるとロクに食べないからなぁ」
「た、食べてるよ。子供じゃないんだし…」
「それもそうだな」と笑う晃志からは、相変わらずエゴイストプラチナムが香ってくる。きっと一生忘れることはない、大好きな香り。晃志はいつ見たってその容姿は美しいのだが、少し皺が増えて痩せたようにも感じる。苦労することも増えたのだろう。研修医と藤宮製薬の仕事を掛け持ちでやっていた頃より、きっと今のほうがハードなのだ。
「…晃志、元気?」
仕事の打ち合わせに来たというのに、里衣子の胸の鼓動は止まらない。大好きな笑顔、大好きな香り、大好きな声。ずっとずっと愛してやまない男が目の前にいるのだ。本当は今すぐにだって気持ちを吐き出したい。それをギリギリのラインで止めていられるのは、成村と、自ら産んだ子供の存在のお陰だった。
「うん?元気だよ。年寄り扱いはやめろよな。まだまだ若いと思ってんだから」
「…そうだね。晃志はずっと格好いいもん」
「はは、ありがとな」
「書類持ってきたんだろ?」と話を即座に切り替えられる。書類を開封する指にひどく色気を感じて心臓が激しく動く。この手に抱き締めてもらうことは、もう一生ないのだろうか。形だけの親子を演じて、自分の気持ちを隠して。誰よりも愛しているこの人に自分の気持ちを告げないまま、いつかこの人をこの世から見送る日が訪れるのだろうか。
―――――そんなこと、私には、耐えられない。
書類を持つ晃志の手に、里衣子は自らの手を重ねた。
「………里衣子?」
不思議そうに里衣子を見つめる晃志の視線を正面から受け止めながら、里衣子は意を決して己の気持ちを吐き出し始めた。
「…晃志っ………!本当はずっとずっと、好きだった。今も、好きなの……っ!」
十年以上抱え続け、膨らみ続けた想いを、晃志にぶつけた。溢れる気持ちは涙とともに、流れ続けていったのだった。
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