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「全くもうっ、最後の日ぐらい、起こさせてくれてもいいんじゃない?」
「え? あー、俺言ったはずなんだけど? 今日はいつもより一時間早く起きるってさ」
「……そうだったかしら?」
とぼけて階段を下りていく彼女。
どこか、子供っぽさを残したまま成長してしまった彼女は、凄く可愛らしい。
また、彼にとっては羨ましいとも。
羨ましがっても仕方がない、行動を移さねば――そう、思った彼は、空き部屋の如く何もなくなった部屋を見渡して、大きなボストンバッグを持ち上げる。
今日から、彼は上京する。
――新たな一歩が――
――始まるのだ――
懐かしい香が漂う部屋に“サヨナラ”を告げ、扉を閉めた。
――と、同時に。
パリィンッという音が家に響く。
眼を見開いて、持っていた荷物を放り投げ、階段を駆け降りる。大きな足音を踏み鳴らし、家を揺らしている気がしたが、気にする余裕など無い。
一階の廊下の角をまがって、台所に駆け付けた。
「母さんっ?!」
「……あ、ご、ごめん……、やっちゃった……テヘ」
「……テヘ、って……」
彼女の足元を見遣れば、真っ白な皿が真っ二つになり、転がっている。
皿の破片は、幸いにも母親の足や手には刺さっていなかったが、一歩動けば怪我をする状態にある。
深く安堵の息を吐き、身動きできない、いや、身動きしそうな彼女を制止させて、リビングから古い新聞紙を取りに家の中を駆けてゆく。
「あちゃぁ~、やっちまったな」
リビングから戻れば、台所にやってきたパジャマ姿のオッサンが立っている。
境目の天上にぶつけそうな頭を、少し傾けコチラを向く彼は、朝に似合わぬサングラスをしている。
ただの馬鹿だ。
「突っ立ってんなら、早く箒持って来い、オッサン」
「冷てーなー」
玄関がある方向に消えるパジャマのオッサンが、自分の父親の様なモノである。
母親に似合わない、恐さと強さ、そして、オッサン臭さを兼ね備えたデカイ男だ。
大きな皿の破片を拾い上げ、彼女をどかせ、リビングへと向かわせた。
無駄に心配したようで、今日から上京するのに、大丈夫なんだろうかという心労が増えた。
「……あーぁ……」
思わずでたため息。
付け加えて、後ろから影がさしたため、母親かと思い急いで口をつぐんだ。
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