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―――憎んでいたのに。
殺してやりたかったのに。
「この歌は……さ。真昼に住む鳥が、夜の……月の神様に宛てた歌―――なんだって。」
自分のすべてを奪った男こそが。
俺が一番焦がれて、求めていたものを持っていた。
………与えてくれた。
仮初めでなく。
「『いつか……あなたに会いに行きます。そうしてずっと、あなたの傍にいて。あなたの為だけに歌います。…………あなたが寂しくないように。』」
かつて感じていた焦躁も孤独も、虚しさも。
お前が拭ってくれた。
“虚無”を司るお前が………何も無いはずのお前が埋めてくれた。
俺だけを見て。
俺だけに触れて。
俺だけの事を考えて、俺だけに執着して。
お前が与えてくれた。
かつて深い孤独に捕われていた俺の心を、お前が温めてくれた。
………不思議だよな?
お前の人肌は冷たくて、温められた事は無い筈なのに。
「…………。」
黙り込んでしまったウルは俺の頬から手を外し、血の滲むそこに唇で触れる。
自分で付けた傷に触れて、癒そうとする。
……獣のように。
子供のような拙さで、舌先を滑らせて。
「………どこにも行かないよ。」
目の前の、冷たくて虚ろで凄まじく強い男が恐れるものがこれなんて。
笑わせられる。
「行く場所なんか無い。俺の居場所は―――ここだ。」
それでもこれが真実。
俺だけを想い、俺だけに固執する男の唯一の弱みが自分だと。
知ってしまったその時から俺は、俺の方こそこの男の事を失えなくなった。
誰も訪れない、塔の頂上。
もし今救いの手がここに届いたとしても、俺はここから飛び立ちはしない。
いつも、この部屋を訪れる度。
この部屋にいる俺の姿を見つける度に。
不思議そうな、確かめるみたいにひたむきに見詰めてそっと触れて。
そうしてやっと俺の存在を信じられるこいつを置いてまで、行きたくない。
「………ずっとここにいる。最期までずっと―――お前の傍に。」
お前と一緒にいる。
一緒にいたいんだ。
この世界の誰よりも俺を必要としてくれる。
“心”が在るのにそう気付けないくらい、今までからっぽだったお前の傍に。
教えたいんだ、お前に。
お前にもちゃんと在ること。
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