幻影

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「少し長くなるが、聞いてくれるかい? 私の描いた絵とは『この世にないもの』 つまり『空想のもの』を描いたのだ それは自他共に認める程の出来であった たくさんの人々から賞賛の言葉を、感動の拍手を、感激の涙をその絵に捧げた 私も満足していたのだ そして隠居した今、再びその絵を見た するとどういうことであろう 私はその絵がとても愚かしいものにしか見えなかったのだよ いや、作品としては素晴らしいものだった しかし私は気づいてしまったのだ 私は確かに『この世にないもの』を描いた けれど私が描いたが故にそれは『この世に存在するもの』となってしまったのだ 私は頭の中に、空想の中にある『実物』をこの目で見て描いていたのだ 私は愕然とした 私は結局『存在するもの』を描いていたのだ 嗚呼、私への言葉が、拍手、涙が全て遠ざかって行くのが分かったよ これこそ水の泡ってやつだった 存在してしまった 私が描くことによって実現してしまったそれは、私が愚者であることを証明するには十分すぎる証拠だった 私は逃げた それを棄てた 私が愚者であることを認めるのが怖かったのだ 認めたくなかったのだ その行為こそ、愚かなるもの、そのものであることも気づかずに さぁ笑うがいい この愚かな老いぼれを」
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