1人が本棚に入れています
本棚に追加
「少し長くなるが、聞いてくれるかい?
私の描いた絵とは『この世にないもの』
つまり『空想のもの』を描いたのだ
それは自他共に認める程の出来であった
たくさんの人々から賞賛の言葉を、感動の拍手を、感激の涙をその絵に捧げた
私も満足していたのだ
そして隠居した今、再びその絵を見た
するとどういうことであろう
私はその絵がとても愚かしいものにしか見えなかったのだよ
いや、作品としては素晴らしいものだった
しかし私は気づいてしまったのだ
私は確かに『この世にないもの』を描いた
けれど私が描いたが故にそれは『この世に存在するもの』となってしまったのだ
私は頭の中に、空想の中にある『実物』をこの目で見て描いていたのだ
私は愕然とした
私は結局『存在するもの』を描いていたのだ
嗚呼、私への言葉が、拍手、涙が全て遠ざかって行くのが分かったよ
これこそ水の泡ってやつだった
存在してしまった
私が描くことによって実現してしまったそれは、私が愚者であることを証明するには十分すぎる証拠だった
私は逃げた
それを棄てた
私が愚者であることを認めるのが怖かったのだ
認めたくなかったのだ
その行為こそ、愚かなるもの、そのものであることも気づかずに
さぁ笑うがいい
この愚かな老いぼれを」
最初のコメントを投稿しよう!