985人が本棚に入れています
本棚に追加
膝の上に置かれたソナタ。
本当は、これだけで満足だったのに。
「契約成立だ」
太陽のような笑顔を振りまくこの人の、奥で眠る月を知りたくなってしまった。
小さなレッスン室の端と端で成立した、わたし達の契約。
すくっと立ち上がった千明先輩は、直線上のわたしを見つめて。
きゅっと上げた口角が、柔らかく動いた。
「……そっちに、行っていい?」
グレーのカーペットの上で、黒いブーツがわたしの返事を待っている。
「ど、どうぞ……」
その言葉を聞いてから、やっと歩き出す足。
とは言っても、千明先輩の大きな歩幅ではたった二歩で部屋の真ん中、透明な境界線が引かれた所まで辿り着いてしまった。
近くなった距離に、どきどきする。
もしかして、わたしも立ち上がった方がいいのかな。
そんなことを考えているうちに、スラリと伸びた体はまたしゃがみこんで、
「もっと近くてもいい?」
もう、どきどきなんて言葉では足りないくらいに跳ね上がる、心臓の音。
声が出せなくて、もげそうな勢いで首を縦に振ったら、先輩はふっと笑う。
最初のコメントを投稿しよう!