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小さく二歩ブーツが動いて、カーペットに膝をつけると、わたしと同じ高さまで目線を合わせた。
三角座りをしているわたしのつま先と、膝をついて少しだけ前のめりになる先輩との距離は、3センチ。
「陽菜ちゃんの嫌がることはしないし、やめたくなったらいつでも言って。そんで、どっちかが恋愛できるようになったら、それでおしまい」
わたしを安心させるためなのか、その声色はひどく優しい。
声だけじゃなくて、表情も、仕草も、全部。"男性恐怖症の"わたしのために、考えてくれているもの。
うそ、ついてるのに。
そんなに優しくされたら、もう戻れなくなる。
「わ、かりましたっ!」
やっとの思いでひねり出した言葉と同時に、またコクコク首を振るわたし。
それを見た先輩は、くすくす笑ってブレスで飾られた腕を伸ばした。
「シュシュが取れかかってる。首、振りすぎ」
髪の毛一本すら触れないように気を遣う先輩は、指先でシュシュを摘んで「はい」とわたしの膝に乗せた。
手なんてすごく大きくて、男の人の手ってこんなにごつごつしてるんだって、またどきどき。
「あ、ありがとうございます!」
そう言いながらもまた首を振っているところからして、もしかしたらこれってわたしの癖なのかもしれないと、新たな自分を発見したわけで。
くすくす笑いから、わんこな八重歯を見せる悪戯っ子の笑顔になった先輩には、
「なんか、陽菜ちゃんてあれだ。ひよこみたい。これから、ひよこちゃんって呼んじゃお」
『ひよこ』という、可愛いんだか可愛くないんだか、よくわらない称号をいただいてしまった。
「これからよろしくね、ひよこちゃん」
こうして、わたしと千明先輩との奇妙な関係が始まったのです。
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