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上機嫌でぺりぺりとゼリーのフタを剥した千明先輩は、小さなプラスチックスプーンでひとくち掬って口の中へ。
「んまいっ! おいしいよっ、ひよこちゃん!」
形の良い瞳を嬉しそうに細めて、ふたくちめを掬う。
わたしがイメージしていた千明先輩は『好きな食べ物はパスタとピッツアかな』なんて、爽やかに言っちゃうイタリアン男子だったのだけれど……フタを開けてみればわりとどこにでもいる、普通の男の子だった。
「はい、ひよこちゃんもひとくち」
スプーンに小さく盛られたゼリーは、先輩の口の中には入らずにわたしの目の前に差し出されていて。
反応を伺うかのように頬杖をついて、意地悪な笑顔を向ける。
やっぱり、ちょっと普通じゃないかもしれない。
「いやっ、いいです! 千明先輩どうぞ」
先輩の目の前で口を開けるなんて、とんでもない!
そしてかかかか間接キスなんて、わたしのノミのような心臓が持ちません!
「これも、レッスンのうち。ね?」
甘みを含んだ声は、優しいけれど逆らうことを許さない。
硬いプラスチックが、唇の真ん中にちょこんと触れる。
「ほら、口開けて」
ハードル高すぎですよ、先輩。
こんなの、男性恐怖症じゃなくてもどきどきしちゃうじゃないですか。
極上のスマイルと、無言の圧力。それから――周りの視線。
なんか見られてる! いつの間にか周りの人に見られてる!
急かされるように唇を開くと、グッと押し込まれたスプーンから流れ込んだぶどう味。
と、スプーンの短い柄からはみ出した、指先の感触。
「ちょっとだけ、触っちゃった。ごめんね」
目尻を下げて、困ったように笑うから。
「や、ややや大丈夫ですっ」
だから、わたしはまた首を縦に振ってしまうんです。
「……何やってんだ、腐れメッシュ」
先輩の後頭部にコツンと当たるトレイと、低く落ち着いた声。
その後で聞こえてきたのは、明るく弾んで無邪気に先輩の名前を呼ぶ可愛い声。
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