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気だるい空気を全身に纏ったその人の両手には、本日のAランチが乗ったトレイがひとつずつ。
そのことに気付いたのか、千明先輩はとってもとっても悪そうな笑顔で唇の口角を上げると、
「見ててひよこちゃんっ、この無愛想で怖い顔の男だって……こーすれば、ほら! 怖くない!」
にぎにぎさせた両手で、わき腹をこちょこちょとくすぐり始めてしまった。
「ば……かっ、何やってんだてめーは! 味噌汁零れる……っ」
「ほらほら笑った! 見た見た? ねっ、怖くないっしょ?」
身体を捩って嫌がる男前さんと、ナウシカのようなセリフを口にしながらはしゃぐ千明先輩。
「やだ……超いい構図! 写メっとかなきゃ!」
そして、なぜか携帯で撮影しながら興奮している小春ちゃんさん。
これが千明先輩の普段の様子なのか。この男前さんと仲良しなんだなぁ……。
小春ちゃんさんは、ここの学生じゃないっぽいけど……きっと、この男前さんの彼女だ。
「あー、面白かった。もう大翔邪魔だから、あっち行っていーよ。俺は今、ひよこちゃんとご飯食べてんの!」
「帰ったら倍にして返すからな、腐れメッシュ。……行くぞ、小春」
男前さんは低くて冷たい印象を受ける声だけど、小春ちゃんさんに向ける時だけは、すごく優しくなるような気がするから。
「うんっ。じゃあね、千明。……お邪魔しました」
同じようにこの人も、名前を呼ばれるととても幸せそうに微笑む。
ちょこんと小さな頭を下げた彼女が会釈して、さりげなく近付く二人。
いわゆる、恋人同士の空気ってやつがあるんだよね。こういうの、憧れちゃうな。
バイバイと手を振り、わたしの後方に席を取った二人を見送ると、先輩は騒がしくてごめんねと笑いかける。
そして、さっき小春ちゃんが元に戻したイスを、もっとずっと奥まで捻じ込んだ。
いえいえ、いいもん見ちゃいました。やんちゃな先輩も可愛いです!
なんてことは言えないから、大丈夫ですとだけ返そうと思ったのに。
また、あの深く憂いた色が彼の瞳を支配していたから……吸い込まれるように見入ってしまった。
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