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「さっきの、あ、大翔って言うんだけど……ひよこちゃん、大丈夫だった? 顔はあんなだけど、悪いやつじゃないからね」
食べ終えた食器を重ねながら、いつもと同じようにふわふわとした笑みを浮かべ、残り少なくなったおかずを急いで口に運ぶわたしをじっと見つめている千明先輩。
「あ、はい。大丈夫です。さっきの男前さんと、すごく仲良しなんですね」
思ったことをストレートに伝えてみたらば、
「えぇぇー男前なの? あのタレ目が?」
違うところに食いつかれた。
先輩。わたしが伝えたかったのは、そっちじゃないです。
むぅっと眉を寄せた千明先輩は、最後の一口になるご飯を口に収めたわたしに向かって、口を尖らせる。
「あのね、ひよこちゃん。そーいうのはね、思ってても口に出しちゃダメでしょ。ひよこちゃんの目の前にいるのは俺なのにっ。大翔がカッコいいから惚れちゃうなんて、大失言だよ。ほんと」
「いえ、そこまで言ってません。脳内変換しちゃダメです」
俺はこう見えても独占欲強いし、ヤキモチやきなんだから。俺だけ見ててよ。
勘違いしてしまいそうなセリフをさらりと言ってのけたガラス玉のような瞳に、真っ直ぐ見つめられて。
ずるいな。そんなこと言われたら、何て返していのかわかんない。
だって、先輩。
千明先輩だって、さっきからわたしを見ているようで全然見てないじゃないですか。
ああ、まただ。
月がまた、顔を出している。
とても優しい声で、とても優しい笑顔で。
この人は、本音と違うことを口にするんだ。
「ごちそうさましたなら、もう行こっか。ジュース飲みたくなっちゃった」
背中から聞こえてくる微かな笑い声に、先輩の頬がぴくりと動いた気がした。
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