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「……フフフ」
千明先輩を使って勝手にアフレコをして遊んでいたら、思いのほか楽しくなってしまって、つい変な笑い声が漏れてしまった。
そうだ……今、授業中!
ただでさえ友達がいないのに、こんなところを見られたら変人だと思われてしまう。
慌てて頬の筋肉を締めて周りを伺うと、ノートを取ったり、携帯を弄ったり、友達同士でこっそりおしゃべりをしている生徒たちの中で、ただひとり。
ペンを持った手を止めて、訝しげな表情をこっちへ向ける女の子。
胸まである緩いウェーブのかかった栗色の髪の毛と、真っ白い肌に、お人形のようにぱっちりしたおめめ。
まさに“可憐”という言葉が似合うその子は、同性からみても思わず息を呑むほどの美人なのに、いつも冷たい空気を身に纏っている。
名前は確か……遠野さん。
講義室の隅っこで、隠れるようにひとりで座っているわたしと違って、同じひとりでも堂々と真ん中に座る遠野さんだけが、先ほどの奇行を目撃したらしい。
照れ隠しに小さく手を振ってみたけれど、何事もなかったようにそっぽを向かれてしまった。
つれないぜ。遠野さん。クールビューティー!
ついでに前方に目をやってみると、乳幼児の心理について熱弁を振るう先生が書きなぐったホワイトボードは、もうわたしの追いつけないところまで進んでいて。
あっさりと諦めたわたしは、もう一度視線を窓へと戻した。
二階のこの部屋はちょうど部室棟の近くで、午後は練習だけと先輩が言っていた通り、うろちょろしているのがよく見える。
こんなオイシイ場所だってわかってたんなら、もっとずっと前からこの窓際に座っていればよかった。
素の先輩を、遠くからこっそり眺める。これこそが、わたしの本来の目的なのだ。
本当ならこうして存在さえも知られずに、ただひっそりと想いを募らせるだけの立場だったのに……奇跡のような偶然が重なって、今では近すぎるくらい。
それはとても幸せなことだし、新たな先輩の一面を知るたびに、わたしはどうしようもなく彼に惹かれてしまう。
けれどそれと同時に、ぼんやりとした不安が警笛を鳴らしていた。
――千明先輩がわたしを側に置いたのには、きっともっと違う理由がある。
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