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「ねー、恭ちゃん。好きな子に彼氏がいたらどうする?」
「は……?」
わたしのおでこに軽くデコピンして、部屋から出て行こうとする恭平に尋ねたら、しばらく黙り込んでしまった。
……もしかして地雷踏んだ? 聞いちゃいけない話題だったのかな。
「ごめんっ、やっぱいいや。今日のご飯何かな。みんなで食べるの、久しぶりだね」
部屋の入り口で、立ち止まったまま動かない恭平を追い越して、階段を下りる。リビングから漂う香ばしい匂いが、鼻をついた。
ドアの向こうで感じる、お母さんの気配。
ああ、本当に久しぶりだな。お父さんも……帰ってくればいいのに。
「陽菜」
静かに後を追う足音が、すぐ後ろまで迫る。
いつになく真面目な顔で、両手をスウェットのポケットに突っ込んだまま。
「俺は諦めない。つーか、そんなの関係ねー。好きな女に彼氏がいたら諦めろなんて法律、どこにもないし」
「恭ちゃん……」
もう随分前にわたしの背を追い抜いた、恭平の頭。
いつからか使うようになった、香水のにおい。
前髪を上げて隠すものがなくなった瞳は、強い意志を秘めていた。
「……そんなの関係ねーは、もっとリズミカルに言って欲しかったな」
「てめぇ、真面目に答えてやってんのに! ふざけんなブス!」
すぐに崩れたその表情は、いつものように大げさに眉を寄せ、ちょっと高い声で不満そうに悪態をついた。
ごめんね、恭平。
真面目に答えてくれたのはわかってるけど、こうやってごまかさないと泣いちゃいそうだったよ。
だって、わたしもそうだもん。
そう簡単に諦めたりなんて、できない。
ううん、違う。
片想いの終わらせ方が、わからない。
千明先輩。
先輩も、そうなんでしょう?
だから、わたしを側に置いたんじゃないんですか?
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