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それは、先輩がわたしを男性恐怖症だと思っているからこそ。
彼の側に居るなら、わたしの気持ちは絶対気付かれてはいけない。
「……その顔は、バカだと思ってる顔だ」
机の上に突っ伏したまま、納得できないという表情で不満げな声を出す先輩。
目だけであたりを見回すと、さらに小さく声のトーンを落とした。
「あの二人……稜真くんと大翔は、真面目な顔で嘘つくんだよ!」
『稜真くん』と彼は呼んでいるけれど、その人はれっきとした多月大の講師で、生徒のほとんどは『白石先生』と呼ぶ。
寮暮らしをしている千明先輩は、その白石先生が管理している寮の住人なのだ。
千明先輩の片想い相手の恋人、浅井大翔先輩も同じ寮に住んでいる。
そして、想いを寄せている『小春ちゃん』さんも。
「もう……バカなんて思ってませんよっ。レポートあと少しで終わるんで、本でも読みながらもうちょっとだけ待ってください」
ヒマを持て余した先輩が、わたしのルーズリーフに卑猥な絵を書き出した(何かは言えない!)から、半分強制的に席を立つことを促した。
至る所から聞こえてくる、パラパラとページを捲る音がなぜか心地いい。ペンを走らせる手も、快調に進んでいるような気がする。
自分でも驚くくらい、最近のわたしは冷静だ。
傍から見たら、わたしたちはとても仲の良い友達か……恋人同士に見えているのかもしれないくらい、自然に会話ができている。
「読書とか、何年ぶりだろ」
小さな文庫本を手に戻って来て、机に肘をついて大人しく読書をしている先輩は、それはそれは絵になる男だった。
伏せ目がちなまつげの奥で動く瞳、口角の上がった唇も、今は気だるげに力が抜けて妙に艶っぽい。
伸びた前髪が目に掛かると、時々うざったそうに首を振る。
リングの嵌った長い指がページに掛かるたびに、その動きを目で追ってしまっていた。
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