Rule3.絡まる、絡まる

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     振り向いた時、思い描いた人物が駆け寄ってきてくれることが、こんなにも嬉しい。 「千明先輩! はい、今日はこれで終わりなので」  思わず綻んでしまいそうな顔を隠すために、急いで唇を噛んだ。 「そっか。俺も練習がなきゃ、一緒に帰るのになー」  この前と同じ、白いシャツにトレーニングウェア姿の千明先輩は、青い空とマッチして、爽やかとしか言いようがない。グーッと背伸びをして、右隣に反応を求めるような視線を向けた。  その視線を受けたのは、お揃いのウェアを着た千明先輩と同じくらい背の高い、男の人。どうしてスポーツマンは、みんな背が高いのかなぁ。  だけど、着ているものは同じでも、見た目は真逆で。  短髪の黒髪に、細い切れ長の目。無駄な装飾は一切なく、ピンと伸びた背筋から漂う、凛とした雰囲気が印象的だった。  挨拶していいものかどうか顔色を伺っていると、鋭い瞳はわたしの顔を一瞥して、 「……先、行っとくわ。千明、わかってると思うけど、サボりはあかんからな」  少しハスキー声の、物静かな関西弁。  隙のない動きで踵を返して、グラウンドの方へと向かう彼のシャツには『藤』というネームが入っていた。  誰も寄せ付けない壁があるというか……もしかして、わたしは第一印象で嫌われたんだろうか。 「わーかってるって! 政宗(まさむね)、ちょっと遅れるってみんなに言っといて」  ぶんぶんと手を振った千明先輩は、こっちへ向き直ると苦笑いで襟足を掻いた。 「ごめんねー、あいつ人見知りだから。愛想なくて。本当はもっとノリいいんだけど……大丈夫だった?」  人見知り……なのか。そういうのとはちょっと違う気がしたけど、気のせいだったのかな。  胸によぎった違和感を打ち消すように、笑顔で取り繕った。 「大丈夫です。すっごくクールな感じなのに関西弁だったから、ちょっとびっくりしちゃいました。先輩、練習行ったほうがいいですよ。わたしも、もう帰ります」  左足で後ろに下がりながら、バイバイしようとしたけれど、 「うん、でもせっかく会えたし……。門の外まで送ってく」  絶対に、触れない距離。  でも、友達よりも近い距離。  絶妙な間を取る千明先輩が、『おいで』と呼ぶ。  もう考える余裕すらなくて、その隣を歩いた。    
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