導入部

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みなさん、おはようございます。 先週の週報では、本日は、副牧師が説教の予定でしたが、予定を変更します。 先週は、神学生の説教でしたね。まあ、学校の教育実習みたいなものですから、我慢して下さい。 実は、先週の主日(日曜日のこと)は、マリア被昇天祭という、カトリック限定のお祭で、私は、手話通訳として、カトリック教会に行きました。 単立教会は、教団の補助を当て込めませんから、教会を維持するのが大変なんです。牧師にこんな苦労させずに、もっと献金持って来いなんて、口が裂けても言いません。(笑あり) 神は、「必要」は満たしてくださいます。必要以上は満たしてくださいません。いつも、ギリギリの必要を満たしてくださいます。 米子切捨教会(仮名)が、いつまでたっても貧乏なのは、神の祝福です。 教会だけで暮らそとすると、哀しいことに、大口献金者に気を使って、いいたいことが言えなくなります。牧師は、人です。人である以上、罪人です。 カトリックの司祭は独身ですが、プロテスタントの牧師は、多くは、妻帯者です。 つい、欲が出やすい。 一応、妻帯の可否について論じましょうか。今日の本題ではないけれど。 聖書に「情の燃え盛るよりは、むしろ結婚しなさい」とあります。 いつもの、大胆意訳をするなら、 「しんぼうたまらずに、風俗店に飛び込むくらいだったら、さっさと結婚したほうがマシです」と もちろん、独身でいて、性欲に振り回されない自信があるなら、それが聖職者の理想です。 神は、教会維持のために始めた併設の学習塾のほうに、祝福をくださり、持ち出し自腹で教会を維持せよ、と、仰せです。 これは神のご加護です。 新聞記者時代から、筆を折らない故に冷や飯を食った私を、憐れんだ神は、別口で儲けて、教会では貧乏と引き換えに、思う存分神を語れ、と、仰せです。 だから、信者の皆さんは、決して、「塾止めようか」なんて迷いを抱かせる程、私を儲けさせてはなりません。 生かさず殺さずで私を飼い殺しにして、出来るだけ多くの聖書知識を、私から引っ張り出すことは、信者である皆様の、神が与えた神聖なる義務です。 来週からも、牧師を殺さない程度の小銭を、ご持参ください。 信仰があれば大金出せるはずだなんて要求する、一部韓国教会とは、一線を画しています。
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