昏睡

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「お客様‼至急お戻り下さい‼ 大変な事になりますよ‼」 場内アナウンスが鳴り響いたが男はそのまま走り続けた。 ( 俺も‼ ) 思わず走り出そうとしたその時。 突然男の足元から真っ黒い手が何十本も湧き出てきて、捕まった男はあっと言う間に地面に飲み込まれていった。 「イヤだぁーああぁぁぁァァァ…………」 男の姿が見えなくなって、何事も無かったように搭乗手続きが再開された。 「ヒッヒッヒッ、たまにいるんですよねぇ。ああやって『生』への執着心が消えない人間が。 ここに来ると地獄がふさわしい人間以外は、そういった執着心が消えるんですよねぇ。ヒッヒッヒッ。」 さっきのオヤジだ。 「俺も逃げようと思ったんだけどな…」 「でもアナタは結局逃げるタイミングを逸したでしょう。 地獄がふさわしい人間じゃないって事ですよ。ヒッヒッヒッ。」 「ふ~ん、ってかオジサンは今死んだばかりなのに、何でそんな事を知ってるん……あれっ⁉」 たった今まで隣にいたオヤジは消えていた。 何だかもう考える事も煩わしくなった俺は大人しく3番窓口の列に並んだ。 「次は佐々木和子さん。」 「ヘガデル・今田さん。」 俺の番が来た。 「響……真希亜‼⁉」 何だよ、呼び捨てかよ…… ‼ って、母さん‼⁉ カウンター越しに座っていた女性は間違いなく3年前に死んだ俺の母さんだった。 「真希亜……何でこんな所に……あんなに元気だったお前が何でこんなに早く……」 「ああ…そうか。母さんは霊界でもここで働いていたんだね。」 母さんは若い頃、空港の受付嬢をしていた。 親父が海外出張の時に知り合ったらしい。 「これも運命だよ母さん。俺は母さんに会えただけでも嬉しいよ…」 「いいえ、アナタにはまだやらなきゃいけない事が沢山あるわ。 カウンター脇から右に延びている床の青いラインを一直線に走りなさい‼」 「え⁉逃げろって事かい⁉またさっきの黒い手が出てきたら…」 「いいから早くっ‼」 何がなんだか分からないが、俺は青いラインを一直線に走った‼ 「「お客様‼お戻り下さい‼お客様ーっ‼」」 黒い手は湧き出て来なかった。 走るうちに俺は気が遠くなり意識を失った…… (真希亜、アナタがこの先誰かに騙されたりしないよう、母さんはずっと見守っていますよ……)
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