黒布の君。

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  「暇だねぇ……。」 彼、[沖田 総司]の間抜けな呟きに呆れた顔をしながらも、[斎藤 一]は心中で激しく同意した。 腰に刀が控える彼らは、新撰組の隊士、それも[副長助勤]の座につくほどの実力を有する者。 今は御役目である[市中見廻り]の最中である。 買い物客や観光気分のお上りさんで大賑わいの通りを歩きながら、異常がないか確認を行う、というものだ。 さて、そんな彼らが所属する組織。 ――「新撰組」。 簡単に言うと、会津藩主であり、京都守護職という御役目に就いている[松平容保]候預かりの元、武芸を極め、それを頼りに京の安全維持を務める組織である。 つまり、己の刀を以って京を守護し、今を生き抜く剣客集団だ。 ……そう言い切ってしまえば、かなり格好の良い集団であると思われる。 が。 実際には、そんな刀を抜く抜かないの大層な事は滅多にしない。 いくら過激な思考を持つ者が増えてきたといっても、刀を抜くとなればまた別だ。 つまり新撰組の仕事の殆どが、喧嘩仲裁、引ったくり捕縛、果てには食い逃げの捕縛といった、割と日常的な事件の解決になっていた。 そうなると、鍛えた腕もなかなか披露する場がない。 そもそも、正式には幕臣ではない彼らは軽んじらることが多く、花形――と例えれば不謹慎だが、そういった如何にも武士らしい、という御役目のほとんどは【京都見廻組】のものとなる。 京に上る以前の己が描いた理想とは、違いすぎる現実。 そのせいであろうか。 「あーあ。どっかで切り合いでもしてくれないかな。」 …このような発言がでるのは。  
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