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ふぅん、と土方は満足そうに唇を弧にする。
「ということで、他に死因がある筈なので調べてみます。死亡推定時刻は角膜の混濁が強くなってきているので半日は越えてますし、死斑も褪色(指圧により色が薄くなること)しにくくなっている。全身硬直も上下肢ともに最強ですね。今から半日以上…昨日亥には死亡していると思います。」
ひいが言うと、はっとしたように役人たちが騒ぎ出す。
「目撃者が浪士を見たなんて嘘っぱちやないか、とりあえず捕まえて逃げられないようにせえへんと。」
ばたばたと数人の役人が戸を開けて出ていく。
それに乗じて、沖田も外にでた。
―…とてもじゃないが、俺は正視に堪えないよ。
死体の顔を見たとき、その臭気が何倍にも増して感じられ、顔から血の気がひいていくのがわかった。
我慢して立っていたけど、大分限界だ。
なのに平然とそれに触れる女子の存在が目の前にある。
変だ、何でそんなことができる?
沖田は浅黄色の羽織りを脱いで丸めると、周りを気にして茶屋の裏にまわると口元を押さえてしゃがみ込んだ。
ぐるぐると視界がまわるような感覚が、自分の中身をかきまぜていくようで。
―…気持ち悪い……。
元来沖田総司という青年はその剣の類い稀なる才を持ってして、気の優しすぎる人間だった。
今でこそ人を斬るのが仕事のようになってはいるが、まるで不向きなのである。
だが、わりと周囲の明確な意識に流されやすい沖田は、責任感だけで人を斬る。
もうそれは怖くないことだったが、今日のこれは別だ。
自分には絶対できない。
こんな弱っちい自分には、その近くによることすらできない。
だというのに。
―…彼女は、一体何者なんだ?
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