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「轟天流、大石轟児、参る」
低い居合腰に構える小夜に対し、大石は高所から相手を威圧する八双の構えである。
大石は刀を抜いてすぐさま右足を後ろに引き、右拳を顔の横に持っていった。
左手は無用の長物と化した鞘を捨て、刀の柄の端近くをがっしと握る。
戦国の世で鎧武者達が好んで使ったという、介者剣術に近い構えである。
大石の長身も相俟って、相手に与える威圧感は並たいていのものではない。
彼の学んだ轟天流では、この雲を突くような高い構えから、『牛歩』と呼ばれる大きく果敢な踏み込みによって、袈裟掛けに相手の左肩口へ斬り落とす剣を基本としてる。
落雷の如き剛剣は、目の前の少女の腕力で止められるものではない。受け流されることはあるかもしれないが──
(問題はそこだ)
こちらの剣を受け流して、泳いだ体を斬る。そういった後の先の技を大石は危惧していた。
特に相手は居合の使い手。居合は刀を鞘に納めた状態、すなわち不利な構えから始まる剣である。相手に先手を取られたうえで、これに打ち勝つことなど、想定の範囲内であろう。
居合は後の先が得意、これが大石の立てた見解だ。
(だから、先手はくれてやる)
長身と、重力に逆らわぬ切り落とし、さらに独特の踏み込みにより、剣の届く間合いは圧倒的に大石が有利。先手を取り優位に立とうとするのは当然と思われる。
しかし大石はこれを捨てた。思い切った決断を下したのである。
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