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小夜が大石の右側面、剣の届かぬ位置に回ろうとする。しかし、わずかに身体の向きを変えて小夜を正面に捕らえる。
逃れる小夜と追う大石。ふたりの足が描く軌道は草むらに大きな円を描いた。
円が一周したあたりで少女が口を開いた。
「轟天流。稲妻のような剛剣を使うと、聞き及びます」
歩を止める。円が途切れた。
大石は何も言わず、耳を傾ける。ただ、小夜の全身に満ちあふれている自信と、口元の柔らかい笑みが気に食わなかった。
小夜は続ける。
「ならば私も、雷の名を冠する剣でお相手します」
小夜の小さな身体に剣気が充実し、大石の肌がぴくりと反応する。
(来るか!)
大石が先手を明け渡したことに不気味なものを感じたが、仕掛ける決意をしたようだ。
だが、その決意も粉々に打ち砕く。それが轟天流、剛の剣だ。
「朱閃流居合『雷辰』……鶴姫小夜、参ります!」
小夜の上体が前傾し、真っ直ぐ正面から大石に向かい走った。
間合いが一気に詰まる。
(胴か、腕か、それとも首か。いや、それ以前に……見えない!)
大石は、小夜との間合を掴みかねた。
前傾した上体に隠れて足が見えない。間合いの目測を狂わす技法であろう。
細々とした小細工を廃する轟天流は、このような事態を想定していない。地を這う小躯が、大漢に勝てるはずがない、と考えるからだ。
(肩だ!)
しかし、いかなる剣も腕を媒介とする以上、肩から先の可動範囲は限られてくる。右で抜く居合なら支点は右肩だ。
右肩に目を付けた。当然、小夜の全体像を視野に捕らえたまま焦点だけを右肩に合わせたのである。
大石は今までこのような目測の仕方をしたことは無い。真剣勝負の中で、今まさに閃いたのである。
閃いた方策が、正しいか誤りかは問題ではない。重要なのは、瞬間的な閃きによって迷いを消し去り、次の動作までに精神的、身体的な硬直を作らせぬことである。
ヒュッ、と、短く息を吐く音。小夜の右肩が、全身がわずかに沈む。
(見えた!)
大石には見えた。間合いは遠め。ならば切り上げる剣が狙うのは必然的に、身体の前を通って柄に伸ばされている左腕である。
大石の閃きは小夜の剣を、無敗の技を見切ったのだ!
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