天狗の弟子に

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光明が目を覚ますと、あたりはすでに夕焼け空に染まっていた。 遠くから烏の鳴く声が聞こえ、茜色に染まった空は、それだけ長い時間、光明がそこで眠っていた事を想像させる。 「あれ?…僕、何でこんな所で寝てたんだろ…」 あたりを見回すと、天狗の姿も、天丸の姿もなかった。 仕方なく光明は、洞窟の中へと入っていく。 奥まで進むにつれて、魚を焼くような香ばしい匂いが漂い、それに呼応するように、光明の腹の虫が鳴いた。 自分の腹を押さえ、ひどい空腹を感じ取った光明は、そういえば、昨日の朝から何も食べていなかった事を思い出す。 匂いに我慢できなくなった光明は、洞窟の奥へと駆け出した。 奥にたどり着くと、天狗の姿はなく、天丸が一人でいくつかの魚を焼いていた。 「おう、起きたか。よう寝とったなぁ。腹減ったやろ」 光明の姿に気づいた天丸が、串に刺さった魚を一つとり、光明に差し出す。 光明はそれを受け取ると、礼をいうのも忘れ、かぶりついた。 程よく焼かれた魚は、特に味付けはされていなかったが、光明には今まで食べた事がないほど美味しく感じられた。 「落ち着いて座って食わんかい。喉に詰まるで」 天丸が注意した途端、光明はむせた。 苦しそうに咳こみ、胸を叩く。 「ほれ言わんこっちゃない」 そう言いながら天丸は、光明の持っていた水筒を開け、コップに中身を注いだ。 差し出すと、光明はそれを受け取り、一気に飲みほす。 「あ…ありがとう」 一息ついて、光明は天丸にお礼を言った。 そのまま焚き火まで歩み寄り、今度は座ってから、ゆっくりと食べ始める。 そんな光明を眺めてから、天丸も魚を一つ取り、食べ始めた。 「うまいか?」 「うん!」 「好きなだけ食ってええからな」 「ありがとう!」 再びお礼を言った光明の顔に、笑みがこぼれた。 それは、光明が天丸と出会って初めて見せた笑顔だった。 「お前、ちっこい割に、よう食うな」 光明のそばに転がる魚の骨を見ながら、天丸は光明の食べっぷりに感心していた。 結構大きめの魚だったにも関わらず、光明は三匹を綺麗に平らげていた。 「こんなにたくさん魚食べたの初めてだよ」 充分に食欲の満たされた光明は、満足そうに、腹を押さえていた。 「ええこっちゃ。たくさん食わんと強くなれんからな」 強く、天丸のその言葉を聞いた時、あらためて光明は周りを見渡した。 そこにはやはり天狗の姿はない。
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